2023年について、中国経済や中国株に対し楽観的な見通しを示す証券会社が多いようです。一部の証券会社は、米上場の中国ADRを最も選好する投資先に挙げています。今回はその背景と最も恩恵が期待できる銘柄について確認してみたいと思います。
図表1 主な言及銘柄
銘柄 | 株価(12/20) | 52週高値 | 52週安値 |
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トリップ・ドットコム ADR (TCOM) | 34.50米ドル | 35.99米ドル | 14.29米ドル |
アリババ ADR (BABA) | 85.92米ドル | 138.70米ドル | 58.01米ドル |
JDドットコム ADR (JD) | 56.42米ドル | 79.24米ドル | 33.17米ドル |
ピン多々ADR (PDD) | 85.65米ドル | 93.16米ドル | 23.21米ドル |
ヤム チャイナ ADR (YUMC) | 55.41米ドル | 58.20米ドル | 33.55米ドル |
ビリビリ ADR (BILI) | 22.18米ドル | 49.48米ドル | 8.23米ドル |
ニュー・オリエンタル・エデュケーション ADR (EDU) | 37.91米ドル | 38.74米ドル | 8.40米ドル |
- ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
年の瀬も差し迫る中、世界大手証券会社がそろって2023年の相場見通しや推奨の投資先をまとめたレポートを出しています。Bloomberg報道によると、例年と違って、2023年については中国経済や中国株に対し楽観的な見通しを示す証券会社が多いようです。一部の証券会社は、米上場の中国ADRを最も選好する投資先に挙げています。
なぜ、過去2年間で大幅に下落した中国株、特に米上場の中国ADRが注目されているのでしょうか。それは、2023年は世界株式市場の先行きに不透明感が漂うなか、中国ADRに関しては暴落を招いた3大要因が剝落しているからです。
3大要因はつまり、下記の通りです。
1)中国ADRの上場廃止リスク
2)中国当局によるネット大手への締め付け
3)「ゼロコロナ政策」
以下では、3大要因の変化についてそれぞれ確認してみたいと思います。
1)中国ADRの上場廃止リスク
米中対立の強まりを背景に、過去1-2年間では米上場の中国ADRの上場廃止リスクも高まりました。中国ADRをめぐる主な出来事は、図表2の通りです。
図表2 中国ADRの上場廃止リスクをめぐる動き
日付 | 主な出来事 | 備考 |
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2020年12月 | 米トランプ前大統領が「外国企業説明責任法」に署名。同法律は、米国上場の中国企業の上場廃止リスクにつながった。 | 同法律では、外国企業の会計監査に対し、米当局の監督権を強化する内容が含まれている。企業に対して3年以内の遵守を求めており、企業が米当局の会計監査の検証を拒む場合、上場廃止になる恐れがある。 |
⇔ | 中国当局は、米当局による監査の検証を拒んだ。国家安全保障にかかわる情報が米国へ流出することを警戒。 | 中国政府は、米当局が中国企業に対する会計監査の検証を行う際、企業の取引状況などを含む基礎データの提出を求めることを警戒。企業によってはその取引状況に国家安全保障にかかわるデータが含まれているため。 |
2021年11月 | 中国当局は、配車アプリ最大手の滴滴出行に対し、米国での上場廃止を要請。 | 配車サービスを提供する滴敵出行は、配車に関する取引状況を保有している。それには、政府機関を含む位置情報や、政府関係者を含む人々の移動状況が入っている。中国当局はそれらの情報が米国へ流出することを強く警戒。 |
2022年5月 | 滴滴出行は、臨時株主総会を開き、米上場廃止を決定。 | 中国当局の要請に沿ったものとみられる。最も「心配の種」だった滴滴出行が上場廃止となった後、中国当局は米当局に歩み寄る姿勢を示し始めた。 |
2022年8月 | 米中当局は、米上場の中国企業の監査を米当局が検証することで合意。 | 中国当局は、「今後の協力により米中双方の要求内容が満たされれば、中国企業の上場廃止は回避し得る」と説明。 |
2022年9月 | 米当局は、監査官を香港に派遣し、監査対象の第1弾の中国企業に対し、監査の検証を実施。 | 米中の合意に沿って初めて実施された会計監査の検証となった。 |
2022年11月 | 米当局による監査作業は予定より早く終了。 | 市場で懸念されていた監査作業の難航はなく、むしろ「順調」だった模様。 |
2022年12月15日 | 米当局は、監査の検証の結果に対し、声明文を発表。声明文では、「監査官と調査官は全ての情報が含まれた完全な監査書類に目を通すことができ、米上場企業会計監査委員会(PCAOB)は必要に応じて情報を得ることができた」と説明。 | 米証券取引委員会(SEC)のゲンスラー委員長は、「中国当局が米国基準に沿った形での完全な監査・調査へのアクセスを容認したのはこれが初めてだ」とコメント。 |
※Bloombergおよび各種資料をもとにSBI証券が作成
これまでの動きを整理すると、米当局が米上場の中国企業の監査に対する検証を求めていたのに対し、中国当局はそれを拒否し続けました。国家安全保障にかかわる情報が米国へ流出することを懸念したためです。中国当局は特に、位置情報に関する重要なデータを保有する配車サービス大手の滴滴出行への監査強化を警戒した模様で、滴滴出行に対して米国での上場廃止を要請しました。
滴滴出行が上場廃止となった後、中国当局は米当局に協力する姿勢を示し始めました。まず、今年8月に、米中当局は米上場の中国企業の監査を米国が検証することで合意しました。その後11月に、合意に沿って米当局による中国企業(第1弾)の検証が実施されました。
Bloomberg報道によると、中国当局が米当局による完全なアクセスを容認したため、検証作業は予定よりも早く終了しました。米当局も中国当局が懸念しているように機密情報に関する情報やデータの提出を求めていないようです。
12/15に、米当局は検証の結果について、「米上場企業会計監査委員会(PCAOB)は必要に応じて情報を得ることができた」との声明文を発表しました。これにより、懸念されていた米上場の中国ADRの上場廃止は当面免れました。
今後、PCAOBが監査の検証を行う際、「必要に応じて情報を得ることができない」場合、再び上場廃止リスクが浮上する可能性もあります。しかし、これまでの動きからすると、中国当局は約200社に上る中国ADRの上場廃止回避に向け、米当局に協力していくこととなりそうです。
なお、米中両国は、中国ADR問題以外の分野でも歩み寄る姿勢を示しています。それについて、ウォール・ストリート・ジャーナルは「米中、突然の歩み寄り、半導体以外で」と報じました。同記事では例として、中国が米国に技術利用を制限される可能性のある中国企業の現場視察を米国に認めたことや、米商務省が「未検証リスト(UVL)」(※)から中国企業25社(バイオ医薬品開発受託大手の薬明生物(02269)など)を除外したことを挙げました。
(※UVLは、米国政府が輸出許可前のチェックや輸出後の事後検証ができないために、最終用途・需要者に懸念があるユーザーのリストです。禁輸リストに当たるエンティティーリストとは異なりますが、UVL入りとなった企業は米国の技術利用が制限される可能性があります。)
一方、米国は半導体メーカーYMTCを含む30社以上の中国企業をエンティティーリストに追加する計画だと報じられています。これらの企業はほとんど半導体分野にかかわる企業です。したがって、両国のハイテク争いの主戦場となっている半導体分野での対立は今後も続くとみられます。一方、中国ADR問題を含むそれ以外の分野では、「対立」より「協力」となりそうです。
2)中国当局によるネット大手への締め付け
中国当局によるネット大手への締め付けは、2020年11月のアント・フィナンシャル(アリババ傘下)の上場延期に遡ります。それ以降、中国当局はネット大手などの民間企業に対し、規制を強化しました。
その後、2022年後半に入ってから一部で緩和の動きが出ました。12/15-12/16に開催された中央経済工作会議(翌年の経済運営方針を決める年次会議)では、中国上層部が民間企業の発展と成長を奨励し、支援すると明確に表明しました。
今年に入ってから似たような表現が使われたことはありましたが、今回違うのは中国当局が「言葉」だけでなく「行動」も示したことです。その「行動」は、アリババの所在地である浙江省のトップが12/18に、約2年ぶりにアリババを視察したことです。これはいわば、「民間企業の支援」は表向きのスローガンではなく、本当の意味での方針転換だという中国当局からのメッセージです。
中国当局の方針転換は、「2023年は何よりも成長を重視する方針」に沿ったものです。中国当局は2023年の経済について内需拡大に注力し、優先的に消費を回復させると表明しました。消費をはじめとする内需関連分野では民間企業が多いため、中国当局は経済の立て直しのために民間企業を活用していく考えとみられます。
3)「ゼロコロナ政策」
過去3年間にわたる「ゼロコロナ政策」の堅持は、中国に景気鈍化をもたらした最大の要因とされています。したがって、中国当局が11月に「ゼロコロナ政策」を見直したことは、上記の1)や2)よりも市場にとって大きな意味を持ちます。中国がWithコロナへ進むことにより、中国経済が持ち直し、中国企業の収益も回復が見込まれるためです。
ただし、「ゼロコロナ政策」の見直しを急激に進めたことで、Withコロナの初期段階は感染拡大や死者数増加といった混乱がみられています。これは中国に限らず、欧米や香港などにもみられた現象です。たとえば香港の場合、今年2-3月にかけて感染が急拡大し、死者数も増えました。当時、香港の致死率は世界トップとなり、注目を集めました。香港政府がワクチン接種(特に高齢者)を強化したことで、感染状況は4月に落ち着きました。今香港の域内ではほぼ完全にWithコロナの状態となっています。
香港経済紙のSCMPによると、香港と中国本土との往来は2023年1月初旬にも完全に再開される予定です。香港政府のトップも12月中旬に、「中国本土との来年の往来再開は、可能性が非常に高い」と表明しました。これには中国当局の意向も反映してあるとみられます。つまり、中国当局は「ゼロコロナ政策」の見直しを進めていく方針で、来年は国境をまたぐ移動の緩和について、最初の一歩として香港との往来を再開する計画です。
したがって、中国当局はWithコロナの初期段階の混乱は覚悟しているようで、今後はWithコロナに向向けて動きを続けるとみられます。背景には、経済重視路線への転換に加え、現在のオミクロン株は致死率が低く、ワクチン接種が進んだ場合はさらに致死率が低下すると考えられるためです。
行動制限の緩和と同時に、中国政府は足元でワクチン接種(特に高齢者)を強化しています。中国現地紙の財新によると、中国当局は2023年1月末前に、80歳以上の高齢者に対しては1回目のワクチン接種率を90%、60-79歳の人に対しては2回目のワクチン接種率を95%に達することを目標に設定しています。香港の成功事例を中国本土に展開したものとみられます。よって今後のカギを握るのは、感染者数や死者数よりも、ワクチン接種率となりそうです。
ワクチン接種が計画通りに進めば、中国本土は2023年にリオープンするとみられます。完全再開の時期について、市場のコンセンサスは3月に開催される全国人民代表大会の後に当たる第2四半期、あるいは年半ばとなっています。他方、Withコロナの初期段階の混乱は第1四半期の経済成長を押し下げる可能性があります。ワクチン接種率の目標到達のめどが2023年1月で、1月は人々の移動が多くなる旧正月連休も控えているためと考えられます。ただし、第2四半期以降は回復するとみられ、通年ベースでは成長率が今年を上回ると予想されます。
中国ADRの暴落要因の剝落により最も恩恵が期待できるのは、消費やオンライン教育の関連銘柄と考えられます。
消費については、中国当局が2023年の経済運営において、優先的に消費を回復させる方針を示したためです。「ゼロコロナ政策」の撤廃と合わせて考えると、旅行や航空、レストラン、Eコマースなどの消費関連銘柄が最も恩恵を受ける可能性があります。
オンライン教育は、中国当局がこれまでネット大手に対する規制を進めたなかで最も締め付けを強化した分野です。しかし、中国当局は12月中旬に規制を緩む一環として、多様な教育サービスの提供を推奨すると表明しました。オンライン教育企業はまた、ライブ配信サービスによるEコマースの展開で成果を見せており、今後は消費回復の恩恵も期待できそうです。
図表3 消費やオンライン教育関連の中国ADR
関連分野 | 銘柄コード | Bloomberg銘柄名 | 備考 |
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旅行サイト | TCOM | トリップ・ドットコム ADR | オンライン旅行代理店大手 |
航空 | ZNH | 中国南方航空 | 3大航空大手の一角 |
CEA | 中国東方航空 | 3大航空大手の一角 | |
ホテル | HTHT | 華住集団 ADR | ホテルチェーン大手 |
レストラン | YUMC | ヤム チャイナ ADR | 中国でケンタッキーを展開 |
Eコマース | BABA | アリババ ADR | EC大手3社の一角 |
JD | JDドットコム ADR | EC大手3社の一角 | |
PDD | ピン多々ADR | EC大手3社の一角 | |
BILI | ビリビリ ADR | 動画配信大手、Eコマースも手掛ける | |
VIPS | 唯品会 ADR | ECでブランド品の割引販売を手掛ける | |
宅配サービス | ZTO | ZTOエクスプレス ADR | 配達サービスを手掛ける物流大手 |
オンライン教育 | EDU | ニュー・オリエンタル・エデュケーション ADR | オンライン教育サービスを提供 |
TAL | TALエデュケーション ADR | オンライン教育サービスを提供 | |
GOTU | Gaotuテクエデュケーション | オンライン教育サービスを提供 |
※BloombergをもとにSBI証券が作成
なお、SBI証券ではこれまで米国上場の中国ADRのうち、香港に同時上場している銘柄の一部について取り扱いをしておりませんでしたが、12/12から取り扱いを開始しました。そのうち、図表3で挙げました消費やオンライン教育の関連銘柄も多く含まれています。ご参考までに、図表4では図表3の銘柄のうち、SBI証券が現時点で取り扱っている香港上場銘柄を挙げました。
図表4 図表3の銘柄のうち、SBI証券が現時点で取り扱っている香港上場銘柄
関連分野 | 銘柄コード | Bloomberg銘柄名 | 備考 |
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旅行サイト | 09961 | トリップ・ドットコム | オンライン旅行代理店大手 |
航空 | 01055 | 中国南方航空 | 3大航空大手の一角 |
00670 | 中国東方航空 | 3大航空大手の一角 | |
ホテル | 01179 | 華住集団 | ホテルチェーン大手 |
レストラン | 09987 | ヤム チャイナ | 中国でケンタッキーを展開 |
Eコマース | 09988 | アリババ | EC大手3社の一角 |
09618 | JDドットコム | EC大手3社の一角 | |
09626 | ビリビリ | 動画配信大手、Eコマースも手掛ける | |
宅配サービス | 02057 | ZTOエクスプレス | 配達サービスを手掛ける物流大手 |
オンライン教育 | 09901 | ニュー・オリエンタル・エデュケーション | オンライン教育サービスを提供 |
※BloombergをもとにSBI証券が作成
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